コーヒーは、ずっと好きでした。
中学生の頃から喫茶店に通い、
深煎りのブラックを当たり前のように飲んでいて、
その後はカフェでアルバイトも経験しました。
「いつかカフェをやられたらいいな」
そんなことを、自然と考えていたタイプです。
特別な資格があるわけでも、
仕事にしようと思っていたわけでもないのに、
コーヒーはずっと生活の中にありました。
転機になったのは、
オーストラリアへの旅行でした。
現地で気にせず飲んだ一杯に、
正直、衝撃がありました。
軽いのに、我慢しない。
香りは穏やかで、
飲み終わりがとてもきれいです。
日本で飲めたコーヒーも、
どこか違う。
「なんだろう、これ」
その感覚が、
ずっと頭から離れませんでした。
帰国してから、
あの味をもう一度飲みたいと思って調べ始めて、
初めて知ったことがあります。
オーストラリアのコーヒー豆は、
実はほとんど海外に輸出されていないということです。
最近は
「オーストラリアカフェ」という言葉を
穏やかになりましたが、たまに
使われている豆の多くは
オーストラリア産ではありません。
それくらい、
現地で消費され、
現地文化として放映しているコーヒー。
味だけではなく、
日常に根づいていた在り方に、
私は惹かれてました。
FLAT TOKYOでコーヒーを扱う理由は、
カフェをやりたいからでも、
流行っているからでもありません。
調べて、知って、
それでも惹かれてしまった。
スキンケアと同じように、
納得できる背景があり、
とりあえず考えられているものだけを選びたい。
その基準で見てみたところ、
たまたま残ったのが
オーストラリアのコーヒーでした。
最終的に決め手になったのは、
味以上に、向き合い方でした。
豆への姿勢。
焙煎への考え方。
比較的をしない仕事の温度。
この人が焙煎するなら、
信頼できる。
そう思われた理由は、
技術や言葉ではなく、
仕事への姿勢でした。
FLAT TOKYOのコーヒーは、
「正解の味」を提案するものではありません。
私が信頼できる人が、
とりあえず見て焙煎したもの。
それを、
きちんと選びたい人にだけ、届けばいい。
それもまた、
FLAT TOKYOなりの在り方だと思います。